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高松高等裁判所 平成5年(ネ)402号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人という)

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

武末昌秀

前畑健一

柳瀬治夫

被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という)

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

生田暉雄

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求(当審における新たな請求を含む)をいずれも棄却する。

四  本件附帯控訴を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

六  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴について

1  控訴人

(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

(二) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

(一) 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成五年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え(名誉毀損に基づく部分は当審における新たな請求)。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(四) (二)、(三)項につき仮執行宣言  2 控訴人

(一) 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被控訴人は、かつて少林寺拳法連盟相談役、本部考試員、本部審判委員、香川県少林寺拳法連盟理事長であったものである。

(二) 控訴人は、かつて社団法人少林寺拳法連盟熊本支部理事長であったものである。

2  控訴人による被控訴人から控訴人宛の私信の公表

控訴人は、著者として、平成五年三月「腐敗への挑戦財団法人・宗教法人少林寺拳法を告発する」(二三二頁定価一、五〇〇円)なる書籍(以下「書籍」という)を応文社から発行した。

控訴人は、被控訴人に無断で、被控訴人が控訴人に対して宛てた平成元年二月六日付の私信(以下「本件手紙」という)をそのまま写真版で書籍八九頁、九〇頁に登載した。

3  控訴人の責任

(一) プライバシーないし人格権の侵害

(1) 手紙を差出人本人に無断で公開することは、私事の公開ということでプライバシーないし人格権の侵害となる。

その理由は、①差出人が名宛人に手紙を出す関係にあることが公開されること、②公開を予想していない手紙は、名宛人以外の第三者には読まれたくない内容のものであること、③公開することによって第三者を誹謗、侮辱し、第三者の名誉を棄損する等第三者に対する民事上の不法行為や刑事上の犯罪を構成する場合があること、④差出人の信条、信念考え方等内心を明らかにするものであること、⑤差出人と名宛人との人間関係、それまでの意見の交換、周囲の状況等を抜きにして、特定の手紙だけを公開すると、差出人の信条、信念、考え方等について第三者に誤解を与えるおそれがあること、⑥手紙を出した時点における差出人の考え方等の表明にすぎないものが、日時を経て公開されることで公開時点での差出人の考え方等と異なるおそれがあること、などである。

(2) 本件手紙は、少林寺拳法連盟の理事者の間で、本部納入金の増額問題について論議がなされていた平成元年ころのものであって、その当時被控訴人も含めて理事者は本部納入金の性質について誤った前提の下に議論がなされており、被控訴人も誤った前提の下に一時的に不満を有し、かつ、控訴人を少林寺拳法連盟の発展を虚心に願っている真面目な理事者であるとの誤解に基づいて、控訴人を信頼し、公開されないことを前提として右の一時的な不満を記載して差し出したものである。

その後、被控訴人は自己の誤りに気づき、言動を反省していたが、私信が公開されるとは思っていなかったところ、差し出してから四年余も経た後に、被告によって写真版で書籍に登載された。

(3) 被控訴人は、本件手紙の公開に同意しておらず、本件手紙の公開は前記(1)の①ないし⑥のすべてに該当していてプライバシーの侵害ないし人格権の侵害となるものである。

本件手紙は、書籍中のわずか二頁を占めるにすぎないが、当時の被控訴人の少林寺拳法連盟における地位からいって、書籍の価値は本件手紙一通が担っているといっても過言でないほどの重要性を有している。

被控訴人は、書籍の表題に書かれているような意思はなく、内容にも全く反対である。控訴人は、被控訴人の信念、信条に全く正反対の内容の書籍に、書籍の趣旨と全く同じ見解のごとく登載したうえ、本件手紙によって書籍の権威付けに利用したものである。

(二) 著作権の侵害

(1) 本件手紙は著作権法における著作物に当たる。

また、書籍は本件手紙を登載することによって創作された二次的著作物に該当する。

(2) 控訴人による本件手紙の書籍への登載は、①無断利用ないしは②許諾の範囲外の利用として、被控訴人に対する著作権侵害である(著作権法六三条二項、以下同法を単に「法」という)。

(3) 控訴人による本件手紙の書籍への無断登載は、被控訴人の公表権の侵害(法一八条一項)であり、書籍は被控訴人の信念、信条に全く反するものであるから同一性保持権の侵害(法二〇条一項)である。

(4) 少林寺拳法連盟を誹謗、侮辱し、名誉を棄損するような表題の書籍への登載は、被控訴人の名誉または声望を害する方法によって被控訴人の著作物を利用する行為であって、著作者人格権の侵害(法一一三条三項)である。

(5) 控訴人が無断で本件手紙を登載した書籍を、被控訴人に無断で出版したことは、出版権の侵害(法一一三条一項二号)である。

(三) 名誉棄損

(1) 控訴人は、少林寺拳法連盟を批判する行為に出て、事実を捏造した本件書籍を発刊したが、本件書籍の内容には全く反対の被控訴人の本件手紙を、本件書籍の権威づけのため写真掲載した。

(2) 被控訴人は、本件手紙を公開されたことによって、甚だしく名誉を侵害され、少林寺拳法連盟内の地位を事実上全て失い、社会的に抹消されたに等しい状態となった。

4  損害

(一) 財産的損害(著作権侵害関係)

(1) 書籍は、少林寺拳法連盟関係者、官公庁、新聞社、雑誌社などに配布され、その数は少なく見積もっても五〇〇〇冊を下らない。

(2) 書籍の定価は一五〇〇円と表示されているところ、書籍の中で著者独自の著述部分は極めて少なく、知られていない中心的なものは本件手紙であってその価値は高く、書籍中の本件手紙の価値は一〇〇〇円を下らない。

(3) 従って、控訴人は被控訴人の著作権を侵害して五〇〇万円(一〇〇〇円×五〇〇〇冊)の利益を得たものであって、これが被控訴人の損害額となるから、その支払を求める。(法一一四条一項、二項)

(二) 慰謝料

(1) 控訴人は、故意(少なくとも重過失)により無断で本件手紙を公表し、被控訴人のプライバシーないし人格権、名誉を侵害し、また著作者人格権を侵害して、被控訴人に精神的な苦痛を与えた。

(2) 本件手紙の公表は極度に悪意に満ちた卑劣な行為であって、違法性が大きい。

(3) 被控訴人は、本件手紙の公表によって甚大な損害を被った。

即ち、被控訴人はあらぬ誤解を受け、少林寺拳法連盟や同会長にも多大の迷惑をかけることになった。そのため、被控訴人は長年勤めた少林寺拳法連盟相談役等の役職を辞任するに至り、大きな精神的打撃を受けた。

この精神的苦痛を慰謝するためには、どんなに少なく見積もっても、プライバシーの侵害、名誉毀損につき金一〇〇〇万円を、著作者人格権の侵害につき金五〇〇万円をそれぞれ下ることはない。

(三) 以上のとおり、被控訴人は控訴人に対し、選択的に各請求に基づき金一〇〇〇万円(著作権侵害については財産的損害及び慰謝料の合計)の支払を求める。

5  差止請求

控訴人の書籍発刊は、被控訴人のプライバシーを侵害し、名誉を棄損するもので、被控訴人の有する本件手紙の著作者人格権を侵害するものである。

被控訴人としては、書籍の八九頁及び九〇頁の本件手紙を削除すれば、最小限度の目的を達するので、人格権及び著作権法一一二条に基づき、書籍の八九頁及び九〇頁の削除を求め、著作権の侵害組成物である本件手紙の原本及びその写真製版用ネガフィルムの廃棄を求める。

6  名誉回復措置

被控訴人のプライバシーの権利及び名誉を回復し、本件手紙の著作者としての被控訴人の名誉もしくは声望を回復するため、民法七二三条あるいは著作権法一一五条に基づき、原判決添付の別紙二記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各四国版、西部本社版及び四國新聞並びに「少林寺拳法機関紙少林寺拳法」に掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち「被控訴人に無断で」との点は否認するが、その余の事実は認める。

3  同3の事実は争う。

(一) 本件手紙の内容は、①被控訴人の私生活上の問題ではないこと、②控訴人は当時管長批判派グループの代表的存在であり、本件手紙は当然右グループに周知されるであろうことが予測され、また被控訴人も周知されることを期待していたと考えられる内容であること、③本件手紙は新聞記事における管長の発言に対する批判を内容としているが、当時すでに少林寺の内部紛争として関係者には周知の事実であったこと、から、先例において法的に確立された保護されるべきプライバシーは存在していない。

(二) 本件手紙は、著作権法二条にいう「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」には該当しないことは明白であり、同法一〇条の例示物と比較しても、何ら法の保護対象とする著作物には含まれない。

従って、右著作物を前提とする著作者人格権も存在しない。

(三) 本件手紙は、その内容を読めば明らかなとおり、被控訴人の名誉に関するものではなく、本件につき名誉毀損が成立していないことは明らかである。

4  同4の事実は争う。

仮に控訴人に何らかの損害賠償責任を生ずることがあったとしても、原判決が認容した慰謝料額の金二〇〇万円は著しく高額であって不当である。

5  同5の事実は争う。

本件手紙が著作物に当たらない以上差止請求は理由がない。

6  同6の事実は争う。

(一) 仮に本件手紙の登載がプライバシーの侵害に当たるとしても、民法七二三条にいう名誉には名誉感情は含まれないとされていることからみて、同条にいう名誉にはプライバシーは含まれないと解されるから、その侵害を理由として同条を根拠に名誉回復措置を求めることはできないというべきである。

(二) また、仮に本件手紙が著作物に当たるとしても、著作権法にいう声望名誉には名誉感情は含まれないと解されるから、著作者人格権に基づく名誉回復措置を求めることも許されないというべきである。

三  抗弁(被控訴人の承諾)

被控訴人は、財団法人少林寺拳法連盟における最古参クラスの幹部であったが、管長及び本部批判を公然と行っていた。

そして、控訴人らに対し、被控訴人の発言には責任を持つ、被控訴人の発言内容や手紙については、正論を述べているのでどのような形で使用してもかまわない、控訴人らのような若い世代が動かなければ組織は良くならない等と述べて、控訴人が被控訴人の発言や手紙を使用・引用することを包括的に承諾していたものである。

従って、被控訴人は、本件手紙を書籍に登載することについても、予め承諾していたものというべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

証拠関係は、当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

(裁判長裁判官大石貢二 裁判官馬渕勉 裁判官重吉理美)

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